
1975年、舞台はアメリカ西海岸サンフランシスコ。
日本人女子留学生〔恵子〕の失踪が巻き起こすヒューマン・ラブ・ストーリー。韓国人と日本人の青年が主役を演じる。
一人目の主役は日本人留学生の河村久幸、通称チャーリー。彼は1972年、サンノゼ大学に聴講生として留学して、二年生の時「ゲイコンテスト」に出場し、準優勝する。転落はそこから始まった。賞金で娼婦を買い、大学にも行かなくなった。学生ビザも切れているが経済成長真っ盛りの日本に帰る気には一向になれず、市内にある日本人向けの土産物店でアルバイトをしながら、日本の男性旅行者に女を紹介するポン引きをしながら、気楽で
ジゴロのような生活をしていた。
そんなある日、韓国のソウルからやって来た二人目の主役パク・ヨンジェは、自分の元に突然送られてきた封筒がきがかりで、その消印のあるサンフランシスコにやって来た。その封筒には、足跡がついていた。
河村とはシスコ市内の公園で知り合い、恵子探しをビジネスとして考えている河村とヨンジェは冒頭から性格が合わず、恵子の調査をする過程で、価値観の違いからケンカをしてしまう。冷たい世間の風に当たることで反省をするヨンジェが健気で、痛々し
誰もが通る道程であった。
又、河村はヨンジェから云われた一言から、逃げている自分と見つめあう事が出来た。 スティファニーに対して真剣に苦しむ姿がせつなく、子供の頃から信頼していた叔父三郎の素顔を知ることで河村も傷つきながら成長してゆく。
ヨンジェは民族を理由に、河村は世間を理由に優柔不断な生活をしていた。しかし、二人は
恵子の捜索を通して、迷いながらも、くじけながらも、けじめをつけて前を歩く。そんな中
「女を守り切れない愛は偽りだ」と思い込むヨンジェであったが、勇気が欠落している事に気づき、心の扉を開けることが出来た。
又、このドラマは、ドロップアウトしたお人好しのアメリカ人やシスコ生まれの
チャイニーズ・ゲイのボニー、落ち目の娼婦サニーを登場させる事でユーモアと人情をエッセンスに深みを感じさせている。さらにスピード感溢れるストーリー展開とヒューマンタッチの暖かさを感じ、観客が“ジェットコースターに乗っているみたい”と思ってくれることだろう。
1970年代の迷える若者の「人生を賭ける」一途な姿を描いた物語である。そして物語を彩る当時のカルチャーや音楽は、30年以上の月日が過ぎても色あせることなく輝いている。それは本物である証。21世紀になり、さらに現代人の混沌とした時代を生きる若者を始め、輝かしき70年代をリアルタイムに生きた団塊の世代にも共感を呼ぶに違いない。
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